大韓航空機爆破事件の真相!犯人・金賢姫の美人画像と夫や子供・映画化など現在も総まとめ

はじめに

1987年に起きた大韓航空機爆破事件は世間を震撼させましたが犯人の金賢姫が美人だと話題です。

 

今回は事件の経緯と動機など詳細、金賢姫の経歴やかわいい美人と言われる画像、夫や子供など家族、事件が題材の映画やドラマ、現在を紹介します。

大韓航空機爆破事件とは

 

出典:http://free-photo.net/

 

1987年11月29日、大韓航空機858便がミャンマーのラングーン(現ヤンゴン)海上を飛行中に爆破され、乗員11名と乗客104名が死亡するテロ事件が発生しました。

 

「大韓航空機爆破事件」と呼ばれるこの事件は、日本人名義のパスポートを偽造して日本人に成りすました北朝鮮工作員によって起こされました。

 

ここでは、大韓航空機爆破事件の経緯と犯行動機を詳しくまとめると共に、犯人の金賢姫の現在と夫や子供など家族、美人と言われた画像、事件が題材の映画やドラマ情報をお届けします。

 

 

大韓航空機爆破事件の詳細

 

出典:https://ja.wikipedia.org/

 

1987年11月29日、「大韓航空機爆破事件」と呼ばれるテロ事件が発生しました。

 

テロの標的となったのは大韓航空858便です。イラク・バグダードを出発し、UAEのアブダビとタイ・バンコクを経由して、韓国・ソウル金浦空港に到着する予定でした。

 

事件が起きたのは、大韓航空858便が経由地であるUAE・アブダビを離陸し、タイ・バンコクに向かう途中でした。

 

ミャンマーから南220kmの海上上空を飛行中、飛行機内に仕掛けられていた爆弾が爆発

 

機体は空中分解し、乗員乗客合わせて115名の命が奪われました。

 

 

大韓航空機爆破事件の真相

 

出典:https://s.japanese.joins.com/

 

なぜ大韓航空機爆破事件は起きたのか。

 

ここからは犯人逮捕により明らかとなった事件の経緯、テロの動機から、大韓航空機爆破事件の真相に迫ります。

 

 

大韓航空機爆破事件の犯人逮捕

 

大韓航空機爆破事件は、UAEのアブダビを離陸してタイ・バンコクに向かう途中で発生しました。

 

そのため、犯人はバグダードで搭乗し、経由地のアブダビで降機した者だと断定され、該当する乗客は15人、その中に日本人名義のパスポートで搭乗した男女2名がいました。

 

この2名は韓国当局の捜査により、偽造パスポートを使用していたことが発覚。

 

そして1987年12月1日、バーレーンの空港でローマ行きの飛行機に搭乗していたところに警察が駆け付け、出国を阻止しました。

 

日本の偽造パスポートを使用していた2名は日本国旅券偽造の容疑で逮捕され、身柄を拘束されました。

 

犯人は北朝鮮工作員であることが判明

 

逮捕された男女2名のうち、男は事情聴取の際にタバコを吸うふりをして、予め用意していた毒物入りカプセルを服毒して自殺しました。

 

女も同様に自殺を図りましたが一命を取りとめ、3日後に意識を取り戻してから事情聴取が開始されました。女は当初日本人に成りすましていましたが、次いで中国出身であると供述。

 

しかし、捜査と事情聴取が進む中で日本人・中国人との主張に矛盾が生まれ、最終的に北朝鮮工作員であることを白状し、大韓航空機爆破事件の実行犯であることを自白しました。

 

大韓航空機爆破事件の実行

 

出典:https://ameblo.jp/

 

北朝鮮工作員であることを認めた女の名前は、金賢姫(キム・ヒョンヒ)といいます。

 

爆弾は金賢姫がバッグに入れて機内に持ち込み、座っていた機体前方の7A・7B付近の荷物置き場に置かれました。

 

爆発物は手のひら大のコンポジション4というプラスチック爆弾と、酒瓶に入った液体爆弾と判明。

 

実際にラジオとして機能するトランジスタラジオにセットされた時限爆破装置により、爆発しました。

 

犯人2人はイラク・バグダードで搭乗し、経由地のアブダビで降機する際に座席付近の荷物棚に爆弾を置いたまま降りたとのことです。

 

約1年間の取り調べ後、時限爆弾で大韓航空858便を爆破したことが認められ、韓国の国家保安法、航空法、航空機運航安全法違反で1989年2月3日に起訴されました。


裁判の結果、一審・二審ともに死刑判決が下り、1990年3月27日に判決が確定しました。

 

大韓航空機爆破事件の動機

出典:https://www.konest.com/

 

大韓航空機爆破事件の犯人が北朝鮮工作員であり、北朝鮮による爆破テロと判明したこの事件。


当の北朝鮮は事件への関与を否定し、韓国による自作自演だと主張しました。

 

しかし、実行犯である男女2名のうち、男は身柄を確保された時点で服毒自殺したものの、一命を取りとめた金賢姫の自白により、北朝鮮の関与と動機が明らかになっていきます。


それによると、「大韓航空機が原因不明の空中分解を起こした」とすることで、韓国の国際社会での信頼低下を誘引し、翌年に予定されていたソウルオリンピックを妨害するのが目的でした。

 

事件の総指揮は、当時金日成の後継者に指名されていた金正日が執っていたようです。

 

金賢姫の供述により、北朝鮮がテロ事件に関与していたことが確定し、テロ事件の目的だった韓国の信頼低下は達成されることはありませんでした。

 

また、ソウルオリンピックも無事開催されています。

 

一方、北朝鮮は逆に世界中からテロ国家として認識されることになり、自国の信頼低下と国際社会からの非難を招くことになったのです。

 

 

大韓航空機爆破事件の犯人・金賢姫とは

 

出典:https://www.huffingtonpost.jp/

 

「大韓航空機爆破事件」の犯人である金賢姫。


彼女は事件後、死刑判決を受けたものの韓国の特赦により釈放され、その後はテレビ出演などを行い一躍有名人となりました。

 

ここでは金賢姫がどんな人物なのか、どんな人生を送ってきたのかに迫ります。

 

 

金賢姫のプロフィール

 

出典:https://kuaibao.qq.com/


名前:金賢姫
ハングル:김현희(キム・ヒョニ)
生年月日:1962年1月27日
出身地:朝鮮民主主義人民共和国・平壌市

 

 

金賢姫は北朝鮮では比較的恵まれたエリートの家系に生まれ、外交官の父を持ち、4歳まで海外で暮らした経験を持ちます。

 

平壌外国語大学日本語科に在籍中、北朝鮮工作員としてスカウトされ、日本でスパイ活動を行うための訓練を受けました。

 

訓練では、日本人の北朝鮮拉致被害者である田口八重子とみられる女性に教育を受けたとされています。

 

そして、日本語や日本文化を会得して「蜂谷真由美」という日本人名を使用し、日本人に成りすまして工作活動を行いました。

 

逮捕後の金賢姫

 

大韓航空機爆破事件が発生した1987年11月29日から数日後、1987年12月1日に逮捕された金賢姫。

 

逮捕当初は日本在住の中国人であると主張し、日本語や中国語を用いて容疑を否定していました。

 

しかし、繰り返される事情聴取の中で、次第に日本人や中国人との主張に矛盾が生まれます。

 

捜査員に日本にいた時に使っていたテレビのメーカーを聞かれ、日本や中国出身なら使わない北朝鮮のメーカー「Jindallae(ジンダルレ)」と答えたため北朝鮮の人間だと見破られました。

 

そんな中、風呂での入浴中に女性捜査員から不意打ちで熱湯をかけられた際、咄嗟に出たのは北朝鮮の言葉でした。

 

金賢姫は自身の正体を隠し通すことができないと観念。


自白することで北朝鮮に残してきた家族が酷い目に遭うことを危惧して悩んだものの、最終的には真実を話すことを決心し、自身が北朝鮮工作員であることを認めました。

 

その後、1989年に死刑判決が確定しましたが、翌1990年に当時の韓国大統領・盧泰愚(ノ・テウ)によって特赦され、死刑を免れることに。


事件遺族からの抗議の声が挙がったものの、盧泰愚大統領は金賢姫を「大韓航空機爆破事件の生き証人」という理由から特赦しました。

 

捜査員にソウル市街に連れ出された際には、北朝鮮で聞いていた韓国の姿とは全く異なる栄えた街の様子に衝撃を受けたという金賢姫。

 

道行く誰もが気兼ねせず、政治的な不満意見を口にできる環境にも驚愕したといいます。

 

死刑判決・特赦後の金賢姫

 

死刑判決が確定しながらも韓国大統領の特赦により死刑を免れた金賢姫は、その後は韓国で生活を送ることになりました。

 

1997年には日本テレビの特別番組「あの人は今!?」に出演し、テレビ番組出演やインタビューなどに応じる一方、私生活では結婚と出産を経験するなど一国民として生活を始めた金賢姫。

 

2009年には金賢姫が北朝鮮で日本の教育を受けていたとされる拉致被害者・田口八重子の長男・飯塚耕一郎らと面会を果たしました。

 

 

大韓航空機爆破事件の犯人・金賢姫が美人だと話題に

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