ソン・ドンヨル

宣銅烈(ソンドンヨル)の現在!中日時代や親日エピソード&引退後まとめ

韓国プロ野球界からの移籍で中日の守護神として活躍した投手・宣銅烈(ソン・ドンヨル)さんですが、引退後や現在が気になりますよね。

 

今回はの宣銅烈さんの中日時代のエピソード、引退後の現在、親日家エピソードをまとめました。

宣銅烈(ソン・ドンヨル)のプロフィール

 

「国宝投手」と呼ばれたソン・ドンヨル

 

ソン・ドンヨルさんについての詳しいプロフィールはこちら。

 

本名: 宣 銅烈(ソン・ドンヨル、韓国語:선동열)
国籍: 大韓民国
出身地: 全羅南道光州市(現・光州広域市)
生年月日: 1963年1月10日
身長: 184 cm
体重: 90 kg

 

選手情報
投球・打席: 右投右打
ポジション: 投手
プロ入り: 1985年
初出場: KBO / 1985年7月2日、NPB / 1996年4月5日
最終出場: KBO / 1995年10月、NPB / 1999年10月27日

 

引用:Wikipedia – 宣銅烈

 

 

韓国の天才投手・ソン・ドンヨル

 

韓国の英雄的投手だったソン・ドンヨル

 

ソン・ドンヨルさんは、光州第一高等学校時代に全国大会優勝に導き、高麗大学時代には1年時にAAA世界野球選手権大会で韓国代表チームの優勝に貢献しました。

 

1984年のロサンゼルスオリンピックでは、韓国代表メンバーとして4位に貢献しています。

 

そうした実力が評価されたソン・ドンヨルさんは、通常なら2年間はプロ入りできない実業団選手としては特例として、1985年にヘテ・タイガースに入団しました。

 

ソン・ドンヨルさんは同年に最優秀防御率のタイトルを獲得し、翌年も防御率1点を切る0.99で2年連続で防御率1位を獲得、24勝を挙げて最多勝を獲得。

 

これにより、「宣が投げたら打てない」と他球団選手に恐れられ、国内で「国宝投手」と呼ばれて英雄視されていました。

 

 

宣銅烈(ソン・ドンヨル)の中日時代のエピソード

韓国の天才投手・ソン・ドンヨルは日本で挫折した

 

最初は日本の野球に馴染めなかったソン・ドンヨル

 

日本球界への挑戦を表明したソン・ドンヨルさんは、韓国球界からの来日移籍選手第1号として読売ジャイアンツと中日ドラゴンズの奪い合いとなりました。

 

ほとんど巨人に入団が決定しかけていたところ、中日がさらに巨人を上回る好条件を出して獲得しました。

 

1995年に中日ドラゴンズに入団したソン・ドンヨルさんは、1996年4月5日の広島カープとの開幕戦で初登板を果たしたものの、ルイス・ロペスに同点打を浴びてセーブ失敗

 

同月16日の巨人戦でも、シェーン・マック、落合博満選手にと立て続けに本塁打を浴びてセーブ失敗するなど、出鼻をくじかれる形となってしまいました。

 

こうした不遇の時期は、ソン・ドンヨルさんは中日ドラゴンズの星野仙一監督から激しく叱咤される日々を送っていました。

 

 

ソン・ドンヨルは星野仙一監督に育ててもらった

 

一度は2軍にも落ちたソン・ドンヨル

 

ソン・ドンヨルさんは韓国では英雄であっても、星野仙一監督の元では容赦なく2軍にも落とされ、不遇な日々を過ごしたようです。

 

しかし、それが日本球界で開花するための闘志に火をつけたようです。

 

 

慣れない日本野球に適応できず、マウンドでは自信を失った姿まで見せると、星野監督は宣氏を厳しく責め立てた。宣氏は、「さんざん痛罵を浴びては、すぐ2軍に行かされた。ところが韓国とは違って2軍は洗濯もしてもらえなかった。自分で下着を洗濯しながら、心を鬼にした」と振り返った。

 

引用:東亜日報 – 宣銅烈氏の恩師、星野仙一氏が死去 「私を生まれ変わらせた方」

 

日の目を見ずとも努力に努力を重ね続けたソン・ドンヨルさんは、元々持っていた才能がさらに大きく花開くことになりました。

 

翌1997年、星野仙一監督から1軍復帰のチャンスを貰うと、無くてはならない守護神として中日を支えました。

 

ソン・ドンヨルさんは同年のオールスター戦にも出場し、当時の日本記録となる38セーブを挙げています。そして、佐々木主浩選手と並んで最多セーブ投手となりました。

 

徐々に調子を落としていったものの、1999年には28セーブを挙げ、中日の11年ぶりのリーグ優勝に大きく貢献しました。

 

 

ソン・ドンヨルの引退後&現在とは

 

ソン・ドンヨルは韓国の名将として活躍してきた

 

ソン・ドンヨルさんは1999年に現役を引退すると、しばらくは韓国の野球委員会で韓国球界のために仕事をしていました。

 

2003年になると、中日にコーチ留学をして2軍のコーチとして研修を受けました。

 

 

コーチングの能力を得たソン・ドンヨルさんは、2004年には韓国のサムスン・ライオンズの主席コーチに迎えられ、韓国球界に復帰を果たしました。

 

2005年には監督に就任したソン・ドンヨルさんは、サムスンをリーグ優勝に導き、同年のアジアシリーズ出場も果たしました。

 

2006年には第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の韓国代表投手コーチを務め、国際試合でも辣腕を振るっていたソン・ドンヨルさん。

 

2015年に開催された第1回WBSCプレミア12では、韓国代表の投手コーチとして優勝に導きました。

 

また、2018年まで代表監督としてジャカルタ・パレンバンアジア競技大会に出場し、韓国代表が3連覇を達成するなど、ソン・ドンヨルさんは韓国球界に大きな貢献をしてきました。

 

しかしその後、選手選考について世間から批判を浴びたことで監督を辞任しました。

 

 

宣銅烈(ソン・ドンヨル)の親日家エピソード 

ソン・ドンヨルは恩師・星野仙一に感謝を述べた

 

2018年1月4日に恩師・星野仙一監督が死去

 

2018年1月4日、星野仙一監督がすい臓がんのため享年70歳で死去したことが伝えられ、野球界を始め、各界に多大な悲しみをもたらしました。

 

ソン・ドンヨルさんは日本球界で生き残るために叱咤激励してくれた星野仙一監督に献花をし、取材に対して以下のように人柄について語っています。

 

 

私が野球で生まれ変われるようにしてくれた方だ。ユニホームを着ているときは誰よりも怖かったが、プライベートでは人間味が溢れた」

 

引用:東亜日報 – 宣銅烈氏の恩師、星野仙一氏が死去 「私を生まれ変わらせた方」

 

星野仙一監督は、筋を通すためなら暴力も辞さない猛将で、スポーツ界での指導者による体罰問題が後を絶たない中で「熱い男」として賞賛される稀有な存在でした。

 

しかしそんな恐れられる人物も、人一倍温かみのある素の人間性に多くの人が信頼を寄せていたためでしょう。

 

 

ソン・ドンヨルは韓国で日本野球界を称賛した

 

日本球界を韓国球界の手本としていたソン・ドンヨル

 

ソン・ドンヨルさんは、韓国では「国宝投手」と呼ばれて英雄的存在でしたが、日本では偉ぶることなく謙虚で、中日のチームメイトとも非常に仲が良く信頼関係が深かったと言われます。

 

ソン・ドンヨルさんが現役を引退して韓国に帰国した際、韓国の記者から受けたインタビューでは、親日発言がバッシングの対象になることを辞さずに日本球界について賞賛しました。

 

帰国した際に「日本人から何かしらの差別を受けはしなかったか?」と訊かれ 「無い。差別は無かった。差別差別と騒ぐのは、実力と努力の足りなかった人間の言い訳だ」や 「日本野球は素晴らしかった」と周囲に語っていた。

その後の日韓代表戦にて韓国代表が日本代表に勝った時、韓国のマスコミに「一回勝ったからと言って、韓国球界が日本球界をこえた事にはならない。日本は代表レベルのチームをいくつも作れるが、韓国はまだ1チームぐらいしか作れない。層の厚さに、まだまだ差がある」と冷静に戦力を分析していた。

引用:Wikipedia – 宣銅烈

 

ソン・ドンヨルさんは親日家としての態度を貫いたため、反日思想の強い韓国では大きな反感を買うこともあり、実家の旅館を放火されたこともありました。

 

しかし、恩師・星野仙一監督から学んだ鉄の精神があるからこそ、ソン・ドンヨルさんは現在も韓国球界の第一線で活躍でき、日韓の架け橋となることができてるのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まとめ

韓国球界の英雄で、中日ドラゴンズの救世主だったソン・ドンヨルさんについて総まとめしてきました。

 

・ソン・ドンヨルは星野仙一監督の下で才能を大きく開花させた

・ソン・ドンヨルは現在までに韓国球界を牽引する名将となっている

 

韓国球界のレベルの底上げに確実に貢献しているソン・ドンヨルさんですが、2019年でまだ56歳と若いことから、これからもさらに韓国の野球界は強くなっていくことでしょう。

 

 

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