エキゾチックな顔立ちと唯一無二の存在感が魅力的な大女優・余貴美子さんですが、実は日本人と台湾人のハーフで生い立ちや国籍が話題です。
今回は余貴美子さんの生い立ち、父親と母親など家族、国籍やルーツをまとめてみました。
余貴美子のプロフィール(本名同じ)
出典:https://twitter.com/
本名:余貴美子 (Yo Kimiko)ヨ キミコ
生年月日:1956年5月12日
星座:おうし座
血液型:B型
身長:161cm
出身地:神奈川県横浜市中区
職業:女優
デビュー年:1987年
デビュー作:ちょうちん (映画・東映)
趣味:三線
代表作
学校III (映画) 1998年
萩家の三姉妹 (舞台)2000年
ちゅらさん (NHKテレビ) 2001年
おくりびと (映画) 2008年
余貴美子さんは、神奈川県横浜市生まれで、存在感のある演技が光る日本の女優です。
ドラマへの出演、舞台、ドキュメンタリー番組の語りなど、幅広い活動をしています。
また、2019年には紫綬褒章を受章しており、誰もが認める日本を代表する女優の1人です。
そんな余貴美子さんは、受賞に際してコメントを出しています。
「自分には縁のないものと思っておりましたので、ただただ驚くばかりです。私を辛抱強く支え応援してくれた皆さまや家族と喜びを分かち合いたいと思います」
1976年に芝居の道に入り、1985年には劇団「東京壱組」を結成した余貴美子さん。
劇団解散後は活躍の軸足を映像の世界に移し、「おくりびと」「ディア・ドクター」で日本アカデミー賞助演女優賞を2年連続受賞するなど、その演技力が高く評価されています。
余貴美子の生い立ち
出典:https://twitter.com/
幼少期には、祖父母と両親、妹、叔父、叔母などが同居する大家族で暮らしていた余貴美子さんは、一番多い時には20人が生活を共にしていたようです。
その中で母親だけが日本人だったということで、家では、家族は中国語を話していたそうです。
そんな余貴美子さんは伊勢佐木町や元町が遊び場で、中学から高校時代は茶道部に所属していました。
高校時代はジャズ喫茶やライブハウスで朝まで遊び、彼氏は長髪でバイクに乗っていたとか。
その美貌から「ハマのキミちゃん」「ハマのマリア」と呼ばれていて、なんと、テーマソングまであったそうです。
また、かなりの酒豪で「二日酔いの感覚が分らない」というほどお酒が強いというカッコ良さ。
当時は、フライトアテンダントになりたかったそうです。
余貴美子の父は台湾人で母は日本人
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余貴美子さんは、台湾人の父と日本人の母の間に生まれたハーフです。
余貴美子さんの祖父・余家麟さんは、台湾での事業経営に限界を感じ、1932年に妻子を連れて日本に移民、神戸で紅茶や果物の輸出入業を始めたそうです。
また、戦後は金融や新聞事業なども手掛けたそうです。
余貴美子さんの父親の余鴻彰さんは明治大学を卒業し、東京育ちの大塚京子さん(余貴美子さんの母親)と東京で出会いました。
空手家で礼儀正しいハンサムな鴻彰さんと、日本舞踊の踊り手だった京子さんは、「2人とも一目惚れ」だったそうで、出会ってすぐに恋に落ち、まもなく余貴美子さんが生まれました。
その後、両親は池袋で歌謡喫茶「パラダイス」を経営し、横浜西口駅近くでバーや焼き鳥屋も営んでいました。
そんな余貴美子さんの家庭は裕福だったようですね。
祖父は余家麟(ユージアリン)という名前だった。戦前の神戸に移民し、東京に流れてきた。紅茶やバナナの輸入、炭鉱、金融機関、新聞社など多くの事業を手掛けながら、日本で初めての客家団体「客家公会」を東京で1945年10月に立ち上げてトップに就くなど、戦後初期の日本華僑界の名士だった。
引用:NEWSポストセブン∸余貴美子 「日本や台湾、中国というより、私は客家」
父親の鴻彰さんは若くしてガンで他界したそうですが、その美しさとルーツは余貴美子さんと妹に引き継がれているようですね。
余貴美子の国籍は中国 【従姉妹は范文雀】
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余貴美子さんは生まれも育ちも日本で、日本で活躍する女優ですが、実は国籍は中国です。
余貴美子さんは日本に帰化していません。父親の死後、母親からは何度も帰化を勧められたそうです。
「そういう気持ちになぜかならないんです」
そして、そんな余貴美子さんの従姉妹は、女優の范文雀(ハン ブンジャク)さんです。
范文雀さんは、父親鴻彰さんの姉にあたる鴻鸞さんの娘で、人気ドラマ「サインはV」で人気を集めスターになりました。
映画やドラマ、舞台で多くの作品に出演しましたが、心不全のため54歳で亡くなっています。
また、余貴美子さんは大家族で住んでいた時代に、この従姉妹である范文雀さんとも一緒に住んでいたそうで、豪華で美しい顔ぶれの家族だったと想像出来ますね。
余貴美子のルーツは広東省の客家(流浪の民)だった
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余貴美子さんの祖父は台湾から日本に渡りましたが、外国人登録証明書の本籍の記載欄には「広東省鎮平村」と書かれているそうです。
その理由について、2012年、NHKの番組「ファミリーヒストリー」で取り上げられました。
余貴美子さんの祖先は、漢民族の一民族である客家(はっか)だそうです。
客家は、中華文明が勃興した黄河中流周辺地域をルーツとし、その後、戦禍に翻弄されながら南方(広東、福建、江西省など)や現代では香港や台湾などに移ったと伝えられています。
中国の国外で暮らす華僑(在外華人)人口の約3分の1を占めており、客家を含む華僑はユダヤ人・アルメニア人・印僑と共に4大移民集団の1つと言われています。
また、各地で政治家や企業家を生み、孫文、鄧小平など著名人にも多くの客家人がいるとされています。
客家とは、中国の漢民族のなかで、独自の文化とアイデンティティを有する特殊な人々である。「客」には、お客さんという意味のほか、よそ者、という意味もある。「流浪の民」と呼ばれるのが客家である。
引用:NEWSポストセブン∸余貴美子 「日本や台湾、中国というより、私は客家」
そして、幼い頃に見た祖父は、小指の爪をやたらに長く伸ばしていたり、漢詩をいつも書き記していたり、新聞で中国のニュースがあると赤丸をつけて切り抜いていたりしていたそうです。
また、孫文の立派な写真が部屋には飾られていたそう。
爪を伸ばすのは客家の男性が裕福さを示すためにやる風習で、余貴美子さんは、常日頃から客家の文化や風習を見て育ったようです。
客家という人々を知るうえで、重要な「硬頸(インゲン)」という中国語がある。普段の台湾社会ではあまり頻繁には使われない。意味は、読んで字のごとく「硬い頸首)」。そこから「首を縦に振らない」「こうべを垂れない」という風に解釈され「頑固」という意味に転じた。 多くの台湾人は「融通が利かない」というマイナスの意味で受け止めるのだが、客家人は褒め言葉で使っている点が面白い。
引用:NEWSポストセブン∸余貴美子 「日本や台湾、中国というより、私は客家」
確かに、客家とは限りませんが、中国人の多くが日本人と比べて「首を縦に振らない」「こうべを垂れない」という印象はあるように感じるかもしれません。
「日本や台湾、中国というより、私は客家。そんな風に思っています」
余貴美子さんは、客家という自身のルーツに誇りを持っているようで、素敵なコメントですね。
これらのルーツを知ると、余貴美子さんの唯一無二の存在感や力強さの理由がわかったような気がします。
まとめ
出典:https://www.oricon.co.jp/
日本人と台湾人のハーフで、女優として大活躍している余貴美子さんについて、生い立ちや父母、国籍、そのルーツを調べてみました。
余貴美子さんの祖先は中国の客家で、受け継がれたルーツが魅力にもつながっているようです。
余貴美子さんの美しさや表現力など、ひと味違う彼女らしさを大切にこれからも活躍してほしいですね。